名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(う)61号 判決 1975年9月16日
本籍
福井県鯖江市下深江町一六〇番地
住居
同県武生市北府本町三二号八五番地
洋装品販売業
倉内義賢
大正一四年一〇月二一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年三月一一日福井地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官藤坂亮出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人大橋茹名儀の控訴趣意書(ただし、当審第一回公判における右弁護人の釈明参照)に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
控訴趣意第三点の論旨について。
所論は、要するに、被告人において、所得税を逋脱する犯意がなかつたのに、原判決が、原判示事実を認定して被告人を所得税法違反罪に問擬したのは、事実を誤認したものである、というに帰着する。
しかしながら、原判決挙示の各証拠を総合すれば、原判示各事実は、所論の所得税逋脱の犯意の点をも含めてすべてこれを肯認するに十分である。所論は、原判決が、原判決書の弁護人の主張に対する判断の部の二において説示する部分を捉えてかれこれ論難するけれども、原判文の所論指摘の部分を原判決挙示の被告人の検察官に対する昭和四五年一二月九日付供述調書、収税官吏の被告人に対する昭和四四年七月一二日付及び同月一六日付各質問顛末書、小木岩男の検察官に対する供述調書、収税官吏の小木岩男に対する質問顛末書二通等と対照しながら通読すれば、原判決の説示する被告人が証券会社主催の株式取引に関する講演会に参加して講師に質問した時期は遅くとも昭和四二年度分の所得税の確定申告期限以前を指称し、また、被告人が所論の税理士から助言を受けた時期は右の確定申告期限以後を指称する趣旨であることが明らかである。そして、前掲の各証拠を総合して勘案すると、原判決の説示する部分は十分首肯し得るところであつて、これによれば、被告人に、原判示各確定申告時において、所得税逋脱の犯意のあつたことが十分推認され、記録を精査検討してみても、原判決に所論のような違法は認められない。なお、論旨に付随して原判決の事実認定をかれこれ論難する点についても十分検討を加えたが、いづれも理由がなく、当裁判所のたやすく左祖し得ないところである。所論は、ひつきよう原判決が適法になした証拠の取捨判断を非難し、ひいて事実誤認を主張するものであつて、とうてい採用できない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点の論旨について。
所論は、要するに、原判示株式の買入れ価格と売却価額が明確な本件においては、被告人の株式譲渡所得は、右の買入れ価格と売却価格との差額のみを利益として算出すべきであるのに、原判決が右の方法によらないで、各年末に保有していた株式について年首価格及び買入れ価格の総平均法により算出した金額を取得価額としてこれと売却価格との差額をもつて被告人の株式の譲渡所得と認め、原判示逋脱額を認定したのは、結局所得税法施行令一〇五条及び同令一〇八条の解釈適用を誤り、ひいて事実を誤認したものである、というに帰着する。
しかしながら、所得税法四八条一項、同法施行令一〇八条によれば、居住者が、株式等の有価証券について、評価の方法を選定しなかつた場合には、その評価の方法は、所得税法施行令一〇五条一項一号に掲げる総平均法により算出した取得価額による評価の方法とする旨規定されており、原判決書によれば、原判決は、原判示株式の評価に際し、右の総平均法により算出した取得価額をもとにして原判示逋脱額を認定したものであることが明らかであるから、原判示に所論のような法令適用の誤りはなく、また、事実誤認の違法も認められない。所論は、原判決は、被告人が昭和四二年当初所有していた株式の売却について買入れ価格と売却価格の差額を利益としないで時価を算出して、その差額を決定している旨主張するが、原判決書によれば、原判決は、昭和四二年一月当時の原判示株式の価額の算定につき、当時の時価によることなく、昭和四一年度分の年首価額と同年度中の買入れ価額の総平均法によつたものであることが明らかである(原判決書別紙1別表1の当期増減金額説明((昭和四二年分))2.支出の部の(3)参照)から、右の所論は、原判文を正解しない謬論というのほかはなく、とうてい採用できない。その他の所論は、ひつきよう独自の見解に立つて、原審が適法になした法令の適用ないし事実認定をかれこれ論難するものであつて、とうてい採用できない。本論旨もまた理由がない。
控訴趣意第一点の論旨について。
所論は要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、証拠によつて認められる本件各犯行の動機、態様、罪質を初め、被告人の身上、経歴、前科等諸般の情状、とくに、本件各犯行による所得税の逋脱額が、それぞれ一、八四二万四、〇〇〇円及び二億一、〇四〇万九、二〇〇円の極めて巨額であることなどを考慮すると、原判決の量刑は、これを相当として是認すべきであり、右量刑が所論のごとく重きに失するものとはとうてい認められない。所論は、原判決の罰金刑の部分についても刑の執行を猶予すべきである旨主張するが、罰金刑について刑の執行を猶予し得るのは二〇万円以下の罰金刑を言い渡すべき場合に限られている(刑法二五条一項、罰金等臨時措置法六条参照。)ので、本件について、罰金刑に執行猶予を付することは法律上不可能というほかはない。それ故、本論旨もまた理由がない。
よつて、本件控訴は、いずれの観点からしても、理由がないから刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 藤本忠雄 裁判官 横山義夫 裁判官 小島裕史)
控訴趣意書
昭和五〇年(う)第六一号
被告人 倉内義賢
所得税法違反被告事件
第一点
一、原判決は被告人を懲役二年及び罰金二、五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期問被告人を労役場に留置する、右懲役刑については刑の執行を三年間猶予する旨云渡したのである。
二、而し法令の適用については所得税法第二三八条一、二項、刑法第四五条前段、罰金刑につき同法第四八条第二項を適用したのである。
三、そこで所得税法第二三八条は
第一項は
懲役三年若しくは罰金五〇〇万円以下に処し又これを併科することができる旨を定め、
第二項は
前項の免れた所得の額が五〇〇万円をこえるときは情状により仝項の罰金は五〇〇万円をこえ、免れた
所得税の額に相当する金額以下とすることができる
と規定しているので、一見免れた所得税額に相当する金額以下とすることができるということは第一項の五〇〇万円の罰金額以上逋脱した額に相当する金額までの罰金に処することができる観がある。
四、しかし右第二項が若し所得税を逋脱した場合には、税法上逋脱額は勿論、加算税、重加算税、利子等多額の徴収を受けているに拘らず更に之に加うるに体刑の外に免れた所得額が五〇〇万円をこえるときはそのこえた額に相当する金額(以下)、即ち仝相当額までの罰金に処することとする旨を規定していると解すれば当初から第二三八条の罰金を免れた所得税額に達するまでの罰金額を併科する旨規定すれば足り、態々五〇〇万円以下の罰金を併科する旨を第一項に規定する必要がないのである。
五、第二三八条を第一、二項に態々分離して規定する所以は本税、加算税、重加算税、利子等を一方において徴収しているので国家としては一応逋脱者がその責を果させている場合はそれ以上は体刑と五〇〇万円以下の罰金に処すれば足るとする趣旨に解すべきである。
尤も昭和四二年分、昭和四三年分を各別に起訴し、併合罪を以て処断しているので罰金については刑法第四八条により一、〇〇〇万円以下となるものであると思料する。
六、今本件についてこれを看るに本件の逋脱のために
(イ) 金沢国税局へ納付 九、九〇〇、〇〇〇円
(ロ) 武生税務署へ納付 三六〇、八八九、二六四円
(ハ) 県市民税の不足分として納付分 五一、五四九、九七〇円
合計 四二二、三三九、二三四円(第一表御参照)
を被告人は既に納入しているのである。而も右納入のために持株、その他を処分し取得した額に対しても課税されているのである(第二表御参照、昭和四四年分仝四五年分の課税は右納税のため処分したものに対する課税である)
七、かく見来れば被告人は全財産を国家に提供しても末だ不足分がある、従つて第二表末尾に徴収猶予仝延長許可を許容されている所以は他に換価すべき財産を持たないからであることは徴収猶予仝延長許可の裁決を法令に対照されれば自ら明らかである。
八、そこで原判決の主文には体刑については執行猶予の恩典を与えながら二、五〇〇万円の罰金を科し、一〇万円を一日に換算して労役場に留置する旨処刑しているのであるが、国税局が納入する財源がないとして徴収を猶予しているので右罰金を納入する財源もないことは火を見ることより明らかである、そうだとすれば右換算によつて労役場に留置されれば二五〇日間留置されて約八カ月余りの実刑に服することになる。従つて一面において体刑につき執行猶予の恩典を与えながら約八カ月余の実刑を科する結果となることはその間に甚しい矛盾を感ずるのである。
九、国税局武生税務署が被告人の全財産を十分調査し到底取立てる財源がないからその末納分に付き徴収を猶予しているのであるから、若し仮に所得税法第二三八条第一、二項を原判決の如く解するならば罰金についても執行猶予の恩典を与えられるべきである。
そうしなければ徴役刑に執行猶予を与えたことの趣旨が一貫しないことゝなる。
然らば原判決はその余の点を顧みるまでもなく量刑不当により破毀さるべきである。
第二点
一、原判決は被告人が株式の売買取引によつて得た利益に付き所得税法第九条十一の(イ)仝施行令第二六条2に指称する売買の回数が五〇回以上であること、売買した株数が二〇万株以上であることに付き右施行令第二六条第一項の営利を目的とした継続的行為と認められるので、昭和四二年分、昭和四三年分の株式売買による所得を逋脱として有罪の判決をなしたのである。
二、しかし原判決の計算は被告人が昭和四二年当初(旧年中に買入れたもの)所有していた株式の売却については買入価格と売却価格の差額を利益としないで時価を算出してその差額を決定し、又昭和四二年末に保有していた株式については年首価格及び買入れ価格の総平均によつて算出しているのである。
買入れ価格が明確である本件においてはその売却価格との差額のみを利益として算出すべきものである。
蓋し、営利を目的とする売買であるという前提に立てば売却価格から買入価格を差引いてそれから手数料及び資金借入利息等費用を差引いたものを利益と計算すべきものである。而してその取引について損失があればこれを差引くべきものである。
年末に残つた株式についてその保有高が資産の増加になつていてもこれに対し課税すべきでないことは当然である、
右算出方法は昭和四三年分についても同様である、そうだとすれば原判決の逋脱額の認定には重大な誤算があるのでこの計算を明らかにしない原判決は破毀さるべきである。
この計算については原審に差戻されるか、少くとも各帖簿によつて鑑定の上算出さるべきものである。
第三点
一、原判決は被告人に逋脱の故意のあつたことを認定している。
而してその理由として
(イ) 昭和四二年分の所得税の確定申告期限の前後において証券会社主催の株式取引に関する講演会に参加して質問していること。
(ロ) 税理士から助言を受けた
(ハ) 証券会社発行の啓蒙書等により株式売買による所得も課税の対象となる場合があることを知つたことを挙示している。
しかし右の内
(イ) 確定申告の前後とあるが後であれば申告当時知つていたことにはならない、又申告期限前であつても仝講演会には業として売買した場合をのみ説明し、二十万株、五〇回以上の取引と両面の制限あること、総括表の作成に関する等詳細の説明がなかつたのである。
即ち買受けた株式を売却して利益があれば業として取扱つた場合に課税されるという説明であつたのである。即ち土地の売買の如く買値と売り値の差額が利益となりこれを業とした場合に事業税となるという趣旨の説明であつたのである。従つてこれを以て直ちに被告人の悪意を証するには足らないのである。
(ロ) 税理士の助言は売り値と買値の差額が業として売買を行つた部分につき課税対象となる程度であつたのである。
仮に明らかに五〇回二〇万株と数字を示して説明しており、且つ税理士が所得税の申告書を記載しているので若しその申告を怠つておれば税理士自ら職務を忠実に行わなかつたもので寧ろ背任罪を構成すべく税理士は飽くまで被告人を説得する義務があるのである。
(ハ) は既に提出している「証券外務員必携」を指称されると思科するか仝書物は本件摘発を受けてから手に入れ調査にとりかゝつたものである。
証券関係新聞紙についてこれをみるに昭和四六年一二月六日附株式市場新聞に「証券気象台」として二〇万株の数え方を、又昭和四八年五月二一日附日本証券新聞紙にも継続の回数は契約主義とか或は「心配ない投資家課税の強化」等の題の下に五〇回の回数計算を説明している程度、昭和四二年分申告期限、即ち昭和四三年三月一五日頃は末だ明確な答が出ておらず被告人が悪意であつたとするに足る啓蒙書等はなかつたのである。被告人は買値と売値の差額が一時所得になることは考えていたとしても事業税として申告義務あることは確知していなかつたのである。
然らば原判決挙示の証拠によつて末だ被告人の悪意を認定するに足らないで原判決は適確な証拠によらないで重大な事実を認定した違法があるので破毀を免れないのである。
立証方法
一、左記鑑定を求める。
押収されている各帳簿に基き被告人が買入れた株式の価格と仝売却価格との差額を昭和四二年分、昭和四三年分に付き算出すること。
但し、右買入に要した資金の利息及手数料を併せて算出すること。
二、調査の嘱託
金沢国税局、武生税務署、武生市役所に対し被告人の昭和四二年分、仝四三年分の所得税逋脱につき課した徴収決定額
本税、過少申告加算税、重加算税、延滞税の内訳とその明細並に右に対し被告人が納入した金額
の調査の嘱託を求める。
三、人証
金沢国税局 徴収課
証人 樋爪小源太
一、被告人から昭和四二、四三年分の所得税逋脱につきどれだけ徴収したか。又その残額。
二、被告人に徴収猶予した理由
最早取立てる財源がないことが判明したためでないか。
三、被告人を証人は当初から調べていた処特に財産を秘匿するような方法は講じていなかつたこと。
各詳細の事実
武生市東元町
証人 小木岩男
一、証人は税理士として被告人の納税申告を取扱うていた処
二、昭和四二、四三年分の申告の際株式取引の結果に付きどのように説明していたか。
福井市順化一丁目一四ノ五 三井証券内
証人 山下宏
大阪市東区北浜二丁目九〇 岩井証券内
元須々木証券外務員
証人 畑中平八
武生市高瀬町一五ノ一 和光証券内
証人 伊藤俊介
一、昭和四二年分、昭和四三年分の被告人との取引について所得税法施行規則に所請二〇万株五〇回の取引につき如何に説明していたか。
二、取引受託が一時になされても数回に分けて上場又は取引される場合もあるがその場合帳簿上は各取引毎に記載されていること。
この場合総括表の作成につき如何取計つていたか、又その作成につき証人は被告人に如何説明していたか。
三、右各詳細の事実
被告人本人の訊問
本件の公訴事実全般につき訊問を求める。
右申請する。
昭和五〇年五月七日
右被告人弁護人
大橋茹
名古屋高等裁判所
金沢支部 御中
第一表 計算書
<省略>
第二表 1 徴収決定及び収納の状況
<省略>
2.決定後の納付状況
<省略>
3 処分状況
(1) 昭和42年分、43年分
46.3.31 納税の猶予許可(国税通則法第46条第3項)
猶予期間 45.6.2~46.6.1
46.6.2 納税の猶予延長許可
〃 46.6.2~46.10.30
46.11.1 納税の猶予延長許可
〃 46.11.1~47.3.31
担保物
静岡県賀茂郡東伊豆町白田字小畑1,457の3
〃 1,457の5
原野 6,612m2(2,000坪)
東京都北多摩郡保谷町4丁目1356番6
宅地 427,62m2(129坪3合6勺)
(2) 昭和45年分
49.5.10 納税の猶予許可(国税通則法第46条第3項)
猶予期間 49.3.12~49.9.30
49.11.6 納税の猶予延長許可
49.10.1~50.9.30
担保物
静岡県賀茂郡東伊豆町白田字小畑1,457の3
〃 1,457の5
原野 6,612m2(2,000坪)
武生市北府本町貳字中土井田8番17
〃 15番2
宅地 402,03m2(121坪8合3勺)